新年

だけど
ひとえに研究報告の締め切りの

ベンヤミン、法措定暴力、法維持暴力、神話的暴力を解除するものとしての神的暴力を志向
デリダベンヤミンの神的暴力の思考は、メシア的なものへの志向として批判
デリダベンヤミンの神的暴力による神話的暴力の解除というシナリオは、神的暴力がすでに携えている措定的暴力・維持的暴力を、無い、ものとして前提するが、それは誤り、として批判する
デリダ、可能性の反復として全ての暴力は反復可能となる
デリダ、神的暴力も、この可能性の範疇で可能になる
デリダ、神的暴力も、暴力の措定性・維持性から逃れられない
アガンベンデリダベンヤミン読解を曲解として批判